脊髄性筋萎縮症(SMA)は、筋力低下や運動機能の障害を引き起こす遺伝性の神経筋疾患であり、早期の診断と治療が患者の生活の質を大きく左右します。
この度、ノバルティスのゾルゲンスマに関する情報が発表されました。
従来は静脈投与によって乳児を対象としていたゾルゲンスマが、OAV101 ITという新たな脊髄投与(髄腔内投与)方式を採用し、2歳以上17歳未満の幅広い年齢層への適応を目指しています。
治療歴のない患者を対象にしたSTEER試験、治療経験者を対象としたSTRENGTH試験の結果からは、安全性と運動機能の改善、または安定が確認され、今後の適応拡大に期待が高まっています。
ノバルティスは2025年上半期中の申請を予定しており、OAV101 ITの承認が実現すれば、SMA治療における新たなスタンダードになる可能性があります。
本記事は、FirstWord Pharmaの掲載記事「Novartis gears up to file spine-delivered Zolgensma by mid-year」に基づいて構成しています。(出典:FirstWord Pharma | 2025年3月19日掲載)
記事のポイント
- ゾルゲンスマの新しい脊髄投与(OAV101 IT)による治療法の特徴
- STEER試験・STRENGTH試験における有効性と安全性の結果
- 従来の静脈投与との違いや適応拡大の背景
- ノバルティスによる承認申請の時期と今後の見通し
ノバルティス脊髄性筋萎縮症(SMA)対象のゾルゲンスマの新たな展開

ノバルティスのゾルゲンスマ発表内容の概要
ノバルティスは2025年3月、脊髄性筋萎縮症(SMA)治療薬「ゾルゲンスマ」の新たな投与方法に関する成果を公表しました。これまで乳児への静脈内投与(IV)が中心だった同治療を、今後はより広い年齢層に向けて脊髄内(髄腔内)投与(OAV101 IT)へと拡大しようとしています。
今回発表されたのは、2歳以上17歳未満の患者を対象とした2つの後期臨床試験(STEER試験およびSTRENGTH試験)の結果です。いずれの試験でも、安全性と効果が確認され、特に治療歴のない患者と、他社治療薬から切り替えた患者の双方で有望な結果が示されました。
これらのデータは、米国で開催された筋ジストロフィー協会(MDA)の学会にて発表されており、ノバルティスは2025年上半期中に各国の規制当局への申請を目指しています。この新しい投与方法により、従来は治療対象外だった年長のSMA患者にも、遺伝子治療の恩恵を届けることが可能になると期待されています。
OAV101 ITの概要と治療対象
OAV101 ITは、ゾルゲンスマ(一般名:オナセムノゲンアベパルボベク)の新しい投与形態で、髄腔内(脊髄腔への)注射によって投与される遺伝子治療薬です。従来の静脈注射では体重に応じた投与量が必要でしたが、OAV101 ITでは固定用量となっており、より重い体重の年長児にも一度の投与で対応可能となっています。
この治療法の主な対象は、2歳以上17歳未満のSMAタイプ2の患者です。具体的には、自力で座ることはできるが、歩行経験がない患者が該当します。また、過去に他の治療法(スピンラザやエブリスディなど)を使用していたものの、現在は治療を中止している患者にも適応が検討されています。
このような投与方法の導入により、乳児期を過ぎてからSMAと診断された患者や、これまで体重の関係でIV投与が困難だった患者にも新たな治療選択肢が提供されることになります。特に、継続的な治療が不要な“一度きりの投与”という特性は、長期的な医療負担を軽減する点でも注目されています。
STEER試験での有効性データ
STEER試験は、ゾルゲンスマの髄腔内投与版であるOAV101 ITの効果と安全性を評価するために実施された第III相臨床試験です。この試験では、治療歴のないSMAタイプ2の患者126人が対象となり、OAV101 IT群とプラセボ(偽薬)群に分けられて検証が行われました。
結果として、OAV101 ITを受けた患者は52週後に、HFMSE(ハマースミス機能運動スケール拡張版)スコアが平均2.39ポイント改善しました。一方、プラセボ群では0.51ポイントの改善にとどまり、統計的にも有意な差が認められています(P=0.0074)。
この結果は、遺伝子治療による運動機能の向上が実現可能であることを示しています。対象となった子どもたちは、もともと歩行経験がない重度の症例が中心であったため、2ポイント以上のスコア改善は臨床的にも意義のある変化といえるでしょう。
一方で、副作用として報告されたのは、主に肺炎、発熱、嘔吐などであり、大半は軽度から中等度にとどまりました。肝酵素の一時的な上昇も見られましたが、Hy’s law(重篤な肝障害の指標)に該当する例は確認されていません。
このような背景から、STEER試験はOAV101 ITの安全性と有効性の両面を支持する重要なエビデンスと位置づけられています。
安全性に関する主な知見
OAV101 ITは、脊髄内に一度だけ投与する遺伝子治療薬として開発が進められていますが、その安全性は極めて重要な評価ポイントです。今回発表されたSTEER試験およびSTRENGTH試験では、安全性に関する詳細なデータが報告されました。
まずSTEER試験では、副作用の発現率は治療群とプラセボ群の間で大きな差は見られませんでした。最も多かった副作用は、上気道感染、発熱、嘔吐などで、重篤な副作用としては肺炎が報告されています。また、肝酵素の一時的な上昇が確認されたケースもありますが、多くは軽度かつ一時的で、Hy’s lawに該当するような重篤な肝障害は見られませんでした。
さらに、末梢性感覚ニューロパチー(神経障害)の症状が2例発生しましたが、いずれも経過観察と補助療法により改善が見られたとの報告があります。なお、試験は二重盲検のため、これらの症状がOAV101 IT群かプラセボ群かは現時点で明らかにされていません。
STRENGTH試験でも、安全性は一貫しており、すべての参加者が何らかの副作用を経験したものの、重篤なリスクによる中断や死亡例は発生しませんでした。約48%の患者が治療に関連すると考えられる副作用を報告し、肝毒性は14.8%の割合で確認されていますが、重大な影響には至っていません。
このような結果から、OAV101 ITは広範な患者層に対して、比較的良好な安全性プロファイルを持つと評価されています。ただし、継続的なモニタリングと追加の安全性データの収集は今後も必要です。
FDAによる過去の試験中断と再開
OAV101 ITの開発において、FDA(アメリカ食品医薬品局)による一時的な試験中断が過去に発生しています。2019年、この治療法の前臨床試験において、脊髄後根神経節(DRG)に炎症が確認されたことを受け、FDAは安全性の懸念から臨床試験の一時停止を指示しました。
この判断の背景には、動物モデルでの毒性データがありました。特に神経系への影響が懸念され、遺伝子治療に共通するリスクとして注視されていたのです。
その後、ノバルティスは追加の安全性データと対策を提出し、FDAと協議を重ねました。その結果、約2年にわたる中断を経て、試験は再開されています。再開後の試験では、DRG毒性に関する症状は限定的であり、STEER試験ではOAV101 IT群で2.7%、プラセボ群で2%と、差はほとんど見られませんでした。また、STRENGTH試験では7.4%とやや高めでしたが、いずれも軽度で自然回復が確認されています。
この経緯は、遺伝子治療薬開発におけるリスク管理と規制当局との連携の重要性を示しています。そして現在の試験結果は、以前の懸念に対して一定の解決が得られたことを意味しており、OAV101 ITの承認申請に向けた動きが加速している理由の一つでもあります。
ノバルティスのゾルゲンスマ、脊髄性筋萎縮症(SMA)治療への可能性

STRENGTH試験の結果と意義
STRENGTH試験は、すでに他のSMA治療薬(スピンラザやエブリスディ)を使用し、その後中止した患者を対象に、OAV101 ITの安全性と有効性を評価した臨床試験です。この試験は、治療歴のある2歳以上17歳未満の患者27人を対象に実施されました。
この試験の主な目的は、治療中止後の患者において、OAV101 ITが運動機能の維持または改善に寄与するかどうかを確認することでした。結果として、投与後1年間でHFMSEスコアが平均1.05ポイント上昇し、運動機能が「安定」したと評価されています。大きな改善ではないものの、疾患の進行を防ぐという意味で臨床的な意義は高いとされています。
また、安全性に関しては、すべての患者で何らかの副作用が報告されたものの、重篤な副反応や治療中断につながる事象は確認されていませんでした。主な副作用は風邪症状、発熱、嘔吐など日常的に見られる範囲にとどまりました。
このようなデータは、OAV101 ITがすでに治療歴を持つ患者にも適用可能な治療法であることを示しています。特に、長年他の治療を続けてきた患者に対して、遺伝子治療という新たな選択肢が提供できる可能性がある点で、STRENGTH試験は大きな意味を持ちます。
治療経験者への適応拡大
これまでゾルゲンスマは、主に2歳未満の乳児に限定されており、体重や年齢の制約から適応範囲が限られていました。しかし、OAV101 ITの開発により、その適応が2歳から17歳までの治療経験者にも広がる可能性が出てきています。
前述の通り、STRENGTH試験では、過去にスピンラザやエブリスディを使用していた患者が対象となっており、平均して3〜4年間、これらの治療を受けてきた実績があります。こうした患者においても、OAV101 ITを一度投与することで、運動機能の安定が見られた点は重要です。
この適応拡大が実現すれば、長期的に他の治療を続けてきた患者にとって、通院頻度の軽減や治療の終了といったメリットが得られる可能性があります。一方で、すでに病状が進行しているケースでは、機能の改善よりも維持が主な目的となるため、患者や家族には適切な治療期待値の共有が求められます。
また、固定用量による髄腔内投与であるため、体重に左右されず治療ができるという点も、年長のSMA患者にとっては安全性と利便性の両面でメリットがあります。これにより、これまで治療の対象外とされてきた多くの患者に、新たな選択肢が提示されることになります。
静脈投与から脊髄投与への変更点
ゾルゲンスマはもともと静脈注射(IV)によって乳児に投与される遺伝子治療薬として承認されていましたが、今回のOAV101 ITでは髄腔内(脊髄内)投与という新しい投与方法が採用されています。これにより、体重や年齢による制限を受けにくくなり、より幅広い年齢層の患者に対応できるようになります。
静脈投与では体重に応じた量を投与する必要があり、特に成長した患者では投与量が増えることで安全性やコスト面での課題が生じていました。一方、OAV101 ITでは固定用量での投与が可能となり、体格に関係なく一度の注射で効果を発揮することが期待されています。
さらに、脊髄への直接投与は、運動機能に関わる神経領域へのより的確な遺伝子導入が可能となる点でも注目されています。これは、投与されたウイルスベクターが脊髄神経周辺で効率的に作用し、SMN1遺伝子の働きを補うことに寄与すると考えられています。
ただし、髄腔内投与には専門的な技術が求められ、施設や医療体制によっては実施が難しいケースもあります。また、全身麻酔を伴う可能性もあるため、患者の年齢や健康状態に応じた慎重な判断が必要です。
このように、投与方法の変更は治療対象の拡大と利便性向上を意味する一方で、医療現場への新たな対応も求められる側面があります。
今後の申請と承認の見通し
ノバルティスは、OAV101 ITに関する臨床試験の成果を踏まえ、2025年上半期中に各国の規制当局へ承認申請を行う予定であることを公表しています。すでに発表されたSTEERおよびSTRENGTH試験のデータは、いずれも安全性と有効性において肯定的な内容であり、規制当局の審査に耐えうるエビデンスといえるでしょう。
特にSTEER試験では統計的に有意な運動機能の改善が見られ、STRENGTH試験でも安定的な機能維持が示されました。これらは年齢や治療歴にかかわらず、幅広い患者層に対する治療効果を裏付けるものです。
また、ノバルティスは過去にゾルゲンスマのIV投与型で承認実績があるため、既存の製造体制や流通ネットワークを活用できる点も、承認プロセスにおける強みとなります。さらに、治験データがMDA学会など権威ある場で発表されていることも、信頼性を高める要素となっています。
ただし、髄腔内投与という投与経路の特殊性や、過去にFDAからの試験中断を受けた経緯もあるため、審査は慎重に進む可能性があります。そのため、正式な承認には時間を要することも予想されます。
それでも、対象患者層の拡大や治療負担の軽減といった面から、OAV101 ITの市場投入には高い期待が寄せられており、承認後はSMA治療の新たなスタンダードの一つとして位置づけられる可能性があります。
まとめ
- ノバルティスはゾルゲンスマの新たな脊髄投与(OAV101 IT)を発表
- OAV101 ITは2歳以上17歳未満のSMA患者を対象とする
- 静脈投与と異なり、体重に関係なく固定用量で投与可能
- STEER試験では未治療のSMA患者126人を対象に有効性を評価
- STEER試験でHFMSEスコアが平均2.39ポイント改善
- STRENGTH試験では他の治療薬を中止した患者27人を対象に検証
- STRENGTH試験でHFMSEスコアの安定が確認された
- OAV101 ITは一度の脊髄投与で長期的な治療効果が期待される
- 主な副作用は肺炎、発熱、嘔吐、肝酵素上昇など軽度から中等度のものが中心
- FDAは2019年に脊髄後根神経節の炎症を理由に試験を一時中断
- 追加の安全性データを基に試験が再開され、リスクは限定的と判断された
- 適応拡大により、治療歴のあるSMA患者も対象となる可能性
- 髄腔内投与のため、施術には専門的な医療体制が必要
- ノバルティスは2025年上半期中にOAV101 ITの承認申請を予定
- OAV101 ITの承認により、SMA治療の新たな選択肢となる見込み
