急激に増加する肥満人口と、それに伴う慢性疾患の医療費は、今や多くの国の保健制度に深刻な圧力を与えています。
この状況において、新世代の抗肥満薬(AOM)が登場し、その臨床効果に高い期待が寄せられています。
しかし、問題は単なる技術革新にとどまりません。限られた医療財源の中で、どのように公平かつ持続可能なアクセス体制を構築できるかが問われています。
こうした課題に対して、医療データと戦略コンサルティングを専門とするIQVIAが2025年7月に公開したブログ記事「The Obesity Inflexion Point: How Health Systems Can Fund and Scale AOM Access」は、具体的かつ現実的な指針を示しています。
この記事では、AOMの普及に向けた三つの主要戦略――個別化医療、予防への拡張、公的資金調達の革新――について提案されており、医療政策に関わるすべての関係者にとって示唆に富む内容となっており、大変興味深い内容となっております。
執筆は、IQVIA EMEAコンサルティングのファイサル・ラティフ氏、ハーシュ・バイド氏、レイチェル・シュウ氏が担当し、複数地域の専門家の協力のもとでまとめられました。原文はIQVIAの公式サイトから閲覧できます。
抗肥満薬(AOM)普及への戦略と課題

- 個別化治療への進化:より精密な患者対応へ
- 治療から予防へ:肥満合併症の回避に向けて
- 公的資金の壁を越える:革新的な財源モデルの構築
個別化治療への進化:より精密な患者対応へ
肥満は従来、生活習慣の問題と見なされてきましたが、現在では糖尿病や心疾患、がんなど複数の疾患と関連する多因子的な慢性疾患と位置づけられています。
これにより、肥満治療は画一的なアプローチから脱却し、より個別化された治療へと移行し始めています。
これまで多くのAOMはBMIに基づいて処方されていましたが、今後は遺伝情報や併存症、薬剤反応性などに基づいた「フェノタイプ別の治療」へと変わっていくと見込まれます。
この変化により、より適切な患者に最適な治療を届けることが可能になります。
例えば、ノボ ノルディスク社による「SELECT試験」や、イーライリリー社の「SURMOUNT-OSA試験」では、心血管リスクの低下や睡眠障害の改善といった成果が確認されました。
こうした具体的なエビデンスが、今後の患者層別アクセスや成果報酬型支払いモデル(バリューベース契約)の設計に活かされる可能性があります。
このように、個別化は単なる医学的な進歩にとどまらず、限られた財源の中で最大限の効果を得るための現実的な戦略とも言えます。
治療から予防へ:肥満合併症の回避に向けて
抗肥満薬は当初、体重減少という明確な目標に対して使用されてきました。しかし現在では、糖尿病、心血管疾患、慢性腎疾患などの合併症を予防する「長期的な健康戦略」としての位置づけが強まっています。
例えば、ティルゼパチドを用いた「SURMOUNT-1試験」では、前糖尿病段階にある肥満患者の約94%が糖尿病への進行を回避できたと報告されています。
これは、早期介入の有効性を示す強力なデータであり、今後のアクセス拡大の根拠となる可能性を秘めています。
さらに、アジア系の人々など、比較的低いBMIでも高リスクな集団に対しては、予防的なAOM使用が特に有効とされます。
このような層に早期から治療を届けることで、将来的な医療費の抑制と健康格差の縮小が見込まれます。
ただし、予防的な使用を普及させるには、長期的なエビデンスと財政的裏付けが必要です。その中で、リアルワールドデータとバリューベース契約を組み合わせた官民連携モデルが注目を集めています。
アブダビでの事例は、こうした先行的取り組みの良い例です。
公的資金の壁を越える:革新的な財源モデルの構築

現在、AOMの多くは自己負担での購入が中心となっており、英国では2025年4月時点での販売実績のうち、約90%が保険外購入とされています。
これは、肥満による健康被害を最も受けやすい低所得層が治療にアクセスできていない現状を示しています。
IQVIAがポルトガルで進めている調査では、肥満と経済状況との相関関係を明らかにし、公平な政策立案の根拠を提供しようとしています。
こうした取り組みが、所得や地域に左右されない支援制度の構築につながることが期待されます。
新たな資金調達策として提案されているのが「肥満薬ファンド」の創設です。これは、がん治療における「Cancer Drugs Fund」のように、目的限定の予算枠を設けることで、医療制度全体への負担を抑えながら必要な治療を提供する仕組みです。
さらに、脂肪・塩分・糖分を多く含む食品に課税する「HFSS税」を財源とする提案もあります。この政策は消費行動の改善と資金調達を両立させるもので、コロンビアではすでに導入されており、一定の成果が報告されています。
| 施策 | 内容 | 効果 |
|---|---|---|
| 肥満薬ファンド | AOMに限定した専用資金枠の創設 | 財政負担の分散とアクセスの公平化 |
| HFSS税 | 健康に悪影響を及ぼす食品への課税 | 消費抑制と税収による治療支援 |
| 官民連携 | 成果報酬型契約による薬剤供給 | リスク分担と迅速な導入促進 |
まとめ:世界的肥満対策の転機:AOM(抗肥満薬)普及に向けた新たな資金戦略とは
抗肥満薬の出現は、単なる新薬の登場ではなく、肥満という慢性疾患へのアプローチ全体を再構築する契機となり得ます。その可能性を最大限に引き出すためには、医療制度、政策立案者、製薬企業、そして市民社会が一体となって取り組む必要があります。
- 肥満は多因子的な慢性疾患であり、個別対応が求められている
- 抗肥満薬は合併症予防にも効果が期待されている
- 公平なアクセスのためには、成果報酬型モデルや新たな財源確保策が鍵を握る
- 官民連携による戦略的導入が、今後の標準モデルとなりうる
- 今こそ、断片的な施策ではなく、統合的なアプローチが必要とされている
参照文献
The Obesity Inflexion Point: How Health Systems Can Fund and Scale AOM Access|IQVIA
