デプスインタビューを実施したものの、集まった膨大なインタビュー結果を前に「どこから手をつければ良いのか」と途方に暮れていませんか。
ユーザーの貴重な生の声を得られても、それを効果的に整理し、定性分析を経て、説得力のあるレポートにまとめる作業は決して簡単ではありません。
特に、類似した調査手法であるユーザーインタビューとの違いや、適切な質問項目の設定、費用感、そして最適な人数といった基本を理解しないまま進めると、分析方法の選択を誤り、失敗や後悔につながることもあります。
デプスインタビューは英語で「In-Depth Interview」と表記されることからも分かるように、その本質は「深さ」にあります。
この記事では、デプスインタビューとは何かという基本から、具体的な分析方法、そして分かりやすいレポートの書き方の例まで、あなたが知りたい情報を網羅的に解説します。
記事のポイント
- デプスインタビューの基本と、他の定性調査との明確な違い
- インタビュー結果を効率的に整理し、分析するための具体的な手順
- 説得力のある分析レポートを作成するための構成や書き方のポイント
- デプスインタビューのまとめ方で陥りがちな失敗を避けるための要点
効果的なデプスインタビューのまとめ方のための基本
- そもそもデプスインタビューとは?
- 定性調査としてのデプスインタビュー基本とユーアーインタビューなどとの違い
- 適切な質問項目と費用、最適な人数の目安
そもそもデプスインタビューとは?
デプスインタビューは、調査対象者とインタビュアーが1対1の形式で、比較的長い時間をかけて対話を行う定性調査の手法の一つです。
英語の「Depth(深さ)」が語源であり、その名の通り、一人の対象者から表面的な回答だけではなく、行動の背景にある価値観や深層心理、本人さえ意識していない潜在的なニーズなどを深く掘り下げて探ることを目的とします。
通常のアンケート調査が「何人が『はい』と答えたか」といった量的なデータを集めるのに対し、デプスインタビューでは「なぜそのように考え、行動したのか」という質的な情報を丁寧に収集していく点が大きな特徴です。
このため、新商品開発のヒント探索、ブランドイメージの深層理解、ペルソナやカスタマージャーニーマップの作成といった、ユーザーのインサイト(本質的な洞察)が求められる場面で特に有効な手法と考えられています。
対話を通じて、対象者がリラックスして本音を話せる環境を構築することが、調査の質を高める上で鍵となります。
インタビュアーは事前に設計した質問リストに固執するのではなく、相手の発言や反応に応じて柔軟に質問を追加し、話を深めていく高度なスキルが求められます。
定性調査としてのデプスインタビューの基本
デプスインタビューは定性調査に分類され、KOLインタビューやユーザーインタビューで活用されますが、同じ定性調査の中でもグループインタビューとは目的や手法に違いがあります。これらの手法を適切に使い分けることが、マーケティングリサーチを成功させるためには欠かせません。
定性調査手法の比較
それぞれの調査手法が持つ特徴を理解するために、以下の表で主な違いを整理します。
| 比較項目 | デプスインタビュー | グループインタビュー |
| 目的 | 個人の深層心理、潜在ニーズ、意思決定プロセスの解明 | 多様な意見の収集、アイデアの発散、仮説の発見 |
| 参加人数 | 1対1(インタビュアーと対象者) | 4~8名程度のグループ |
| 1回あたりの時間 | 60分~90分程度(時にそれ以上) | 120分程度 |
| 主なテーマ | プライベートな内容(金融、健康など)、複雑な意思決定 | 一般的な消費財、広告評価など、会話が弾むテーマ |
| メリット | ・他者の影響を受けず本音を引き出しやすい ・個人の話を深く掘り下げられる | ・参加者間の相互作用で意見が活性化する ・短時間で多くの意見に触れられる |
| デメリット | ・時間とコストがかかる ・インタビュアーの技量に左右される | ・同調圧力が働き、本音が出にくいことがある ・発言者に偏りが出やすい |
デプスインタビューは「個人のなぜ?」を深く知りたい場合に最適です。一方で、グループインタビューは「多様な人々の間でどんな意見が出るか」を探るのに適しています。
適切な質問項目と費用、最適な人数の目安
デプスインタビューを計画し、質の高いインサイトを得るためには、質問項目の設計、費用の把握、そして適切な対象者数の設定が極めて大切になります。
これらを事前にしっかりと計画することで、調査全体の成否が左右されると言っても過言ではありません。
質問項目の設計
質問項目は、対象者の思考を広げ、深い回答を引き出すための道しるべです。設計の際は、以下の点を意識することが求められます。
- オープンクエスチョンの活用: 「はい/いいえ」で終わるクローズドクエスチョンではなく、「~について、どのように感じましたか?」「~の時、どうしてそうしようと思われたのですか?」といった、対象者が自由に語れるオープンクエスチョンを主体に構成します。
- 仮説に基づく質問: 調査目的を達成するために、「自社製品が選ばれる理由は、価格ではなくデザインへの共感ではないか?」といった仮説を立て、それを検証するための質問を盛り込みます。
- 具体的な行動や事実から入る: 抽象的に「満足度」を問うのではなく、「最後にこのサービスを利用したのはいつですか?」「その時、具体的に何をしましたか?」といった事実に関する質問から始め、徐々にその背景にある感情や思考を探っていくと、対象者も答えやすくなります。
- 誘導質問を避ける: 「この機能は便利ですよね?」のように、インタビュアーの意図が透けて見える質問は、対象者の回答を歪めてしまうため厳禁です。常に中立的な聞き方を心がける必要があります。
費用の目安
デプスインタビューにかかる費用は、主に以下の要素で構成されます。
- 対象者への謝礼: 60分~90分のインタビューで、1万円~2万円程度が一般的です。ただし、医師や経営者など、希少性の高い専門職の場合は、さらに高額になる傾向があります。
- インタビュアー(モデレーター)の人件費: 経験豊富なプロに依頼する場合、インタビューの実施だけでなく、調査設計から分析・レポート作成までを含めて費用が発生します。
- 会場費: マジックミラー付きの専用インタビュールームなどを利用する場合、施設利用料がかかります。オンラインで実施する場合は不要ですが、通信環境の整備は必須です。
- その他: 対象者を募集するためのスクリーニング調査費用や、録音データの文字起こし費用などが別途必要になることがあります。
これらの費用は調査の規模や対象者の条件によって大きく変動するため、計画段階で調査会社などに見積もりを依頼するのが確実です。
最適な人数の考え方
デプスインタビューでは、何十人もの対象者を集める必要はありません。一般的には、同一のターゲット層に対して5名から15名程度実施することが多いです。
これは「飽和」という考え方に基づきます。インタビューを重ねていくと、ある時点から新しい発見やインサイトがほとんど得られなくなる瞬間が訪れます。
この「理論的飽和点」に達したと判断できれば、十分なデータが得られたと考えられます。むやみに人数を増やすよりも、一人ひとりの対象者と深く向き合い、質の高い対話を行うことのほうが、はるかに有益な結果につながるのです。
実践的なデプスインタビューのまとめ方と分析方法
- まずはインタビュー結果を整理する
- データの主な分析方法とは
- 分析レポートの書き方のポイント
- 分かりやすいレポート作成の例
- 成功するデプスインタビューのまとめ方の要点
まずはインタビュー結果を整理する
デプスインタビューを終えた後、あなたの手元には対象者の貴重な発言が詰まった音声や映像データが残されているはずです。
しかし、これらはまだ磨かれる前の「原石」に過ぎません。
この原石から価値あるインサイトという輝きを引き出すためには、最初に取り組むべき極めて重要なステップ、すなわち「情報の整理」が待っています。
この整理作業の精度が、後の分析全体の成否を分けると言っても過言ではありません。多くの場合、録音または録画された内容は、そのままの状態では構造的に捉えることが難しく、客観的な分析の土台にはなり得ません。
文字起こし(トランスクリプション)の実施
インタビューのまとめ方の全ての土台となる第一歩は、録音・録画データをテキスト化する「文字起こし(トランスクリプション)」です。
この作業は一見すると地道で時間がかかるものですが、対象者の言葉一語一句と向き合うことで、発言の背後にあるニュアンスや感情の機微を深く理解する絶好の機会ともなります。
後の分析の精度を大きく左右するため、丁寧に行う必要があります。文字起こしには、目的や分析の深度に応じていくつかのレベルが存在します。
| 文字起こしの種類 | 特徴 | 適した目的 |
| 逐語録(ちくごろく) | 「えーっと」「あのー」といったフィラー(つなぎ言葉)、相槌、言い淀み、沈黙の時間、笑い声まで、発言をありのままに書き起こす方法。最も情報量が多い。 | 発言の背景にある感情の揺れ動き、自信のなさ、確信度など、非言語的なニュアンスを詳細に分析したい場合。 |
| ケバ取り | 逐語録から、フィラーや重複した言葉など、意味をなさない「ケバ」と呼ばれる部分を削除する方法。文章として読みやすく、かつ元の発言の雰囲気は残る。 | 発言の論理的な内容を追いやすくしつつも、話の勢いやリズム感などをある程度把握したい場合。 |
| 整文 | ケバ取りに加え、話し言葉を書き言葉に直し(例:「〜みたいな」→「〜のような」)、倒置表現を修正するなど、文法的に整った文章に編集する方法。 | 発言の要旨や論理構造を効率的に把握したい場合。議事録作成などに近い。 |
デプスインタビューの分析においては、対象者の感情の機微や言葉の選び方そのものが重要なデータとなるため、基本的には「逐語録」または「ケバ取り」レベルでの文字起こしが推奨されます。
近年ではAIを活用した文字起こしツールも多数登場しており、作業時間の大幅な短縮が可能です。
ただし、AIによる文字起こしは完璧ではなく、専門用語の誤認識や同音異義語の混同などが起こり得るため、最終的には必ず人間の目で確認・修正する作業が不可欠です。
体系的な情報構造化のポイント
文字起こしが完了したら、次にその情報を構造化し、分析しやすい形に整えます。ExcelやGoogleスプレッドシートなどの表計算ソフトを用いるのが一般的です。
以下の項目を列として設定することで、後の検索やフィルタリング、分析が格段に行いやすくなります。
- 発言ID: 各発言に一意の番号を振ることで、特定の箇所を正確に参照できます。
- 対象者ID: 複数の対象者がいる場合に、誰の発言かを識別します。
- タイムスタンプ: 録音・録画データのどの時点での発言かを示すことで、元の音声や映像にすぐに立ち返ることができます。
- 質問項目: インタビュアーが投げかけた質問を記載します。どの問いに対する回答なのかが明確になります。
- 発言内容: 文字起こししたテキストを記載します。
- 非言語情報・観察メモ: この列が非常に重要です。言葉として発せられた内容だけでなく、その際の対象者の様子を記録します。「(少しうつむき、考え込んでから)」「(急に声のトーンが上がり、前のめりになって)」「(腕を組み、懐疑的な表情で)」といった観察メモをテキストの横に追記しておくと、発言の背後にある感情や確信度を理解する上で非常に貴重な手がかりとなります。インタビュアーとは別にウォッチャー(観察者)がいた場合は、その記録もここに統合します。
- 気づき・メモ: 整理しながら分析者が感じたことや、仮説をメモしておく欄です。「〇〇という発言は、以前の△△と矛盾しているかもしれない」といった気づきを書き留めておきます。
この地道で体系的な整理作業こそが、分析者の主観や記憶の曖昧さに頼ることなく、客観的で再現性のある分析を行うための強固な土台を築くのです。
データの主な分析方法とは
インタビュー結果の整理という土台作りが完了したら、次はいよいよテキストデータという鉱脈の中から、意味のある発見、すなわちインサイトを抽出するための分析作業に入ります。
定性データの分析は、単に情報を分類する作業ではありません。
それは、対象者の言葉の断片を丁寧につなぎ合わせ、その背後にある「意味を解釈」し、思考や感情の「構造を明らかにする」創造的なプロセスです。
決まった正解があるわけではありませんが、先人たちが築き上げてきた代表的な手法がいくつか存在します。ここでは、特にデプスインタビューの分析で役立つ手法を、より深く解説します。
KJ法:混沌から構造を見出す
文化人類学者の川喜田二郎氏が考案したKJ法は、一見すると無関係に見える多数の断片的な情報から、その本質的な構造や関係性を見つけ出し、問題解決の糸口を探るのに非常に適した手法です。
- 情報のカード化(データのアトム化): 分析の第一歩は、整理した発言録から、一つの意味を持つ最小単位の文章(気づき、事実、感情表現など)を抜き出し、一枚の付箋やデジタルカードに一つずつ書き出すことです。「1カード=1ミーニング」の原則を徹底することが重要です。
- グルーピング(親和性による分類): 全てのカードをテーブルやホワイトボードに広げ、全体を俯瞰します。そして、内容が似ている、関連性が高い、同じことを別の言葉で表現していると感じるカードを、理屈よりも直感を頼りに集め、小さなグループを作っていきます。この時、どのグループにも属さない「一匹狼」のカードがあっても構いません。無理に分類しようとせず、データの声に耳を傾ける姿勢が大切です。複数人で行うと、多様な視点が加わり、より豊かな解釈が生まれます。
- グループの名称付け(概念化): 作成した各グループに含まれるカードの内容を最も的確に、かつ抽象的に表現するタイトルをつけます。これは、個々の具体的な事象から、一つ上のレベルの「概念」を生み出す作業です。
- 図解化(構造の可視化): タイトルを付けたグループ同士の関係性を読み解きます。原因と結果、目的と手段、対立、包含といった関係性を考え、グループを空間的に配置し、それらを矢印や線で結んで相関図を作成します。このプロセスを通じて、個々のグループがどのような全体構造の中に位置づけられているのかが視覚的に明らかになります。
- 文章化(ナラティブの構築): 最終的に、完成した図解を見ながら、そこに描かれた構造や関係性を一つのストーリーとして文章にまとめます。この文章化によって、分析から得られたインサイトが論理的で説得力のある形で表現されます。
KJ法は、混沌とした情報の中から本質的な構造を見つけ出し、チーム内での共通認識を形成する上で非常に強力なツールとなります。
アフターコーディング:定性に定量の視点を加える
アフターコーディングは、インタビューで得られた自由回答などの定性的なデータを、特定のカテゴリー(コード)に分類し、その出現頻度などを集計することで、定量的な視点を取り入れる分析手法です。
まず、発言録全体を読み込みながら、どのようなテーマや概念が語られているかを把握し、「コードブック」と呼ばれる分類基準のリストを作成します。
例えば、「商品Aの購入理由」に関する分析であれば、「デザイン性」「機能性」「価格」「口コミ」「ブランドへの信頼」といったコードを設定し、それぞれのコードがどのような発言を指すのかの定義を明確にします。
次に、発言録の各部分がどのコードに該当するかを一つずつ割り振っていきます。
この作業により、「デザイン性を理由に挙げた人は10人中8人」「機能性と価格の両方に言及した人は5人」といった形で、定性データの中に潜む傾向を数値で把握できるようになります。
これにより、特定の意見がどれくらいの頻度で出現するのかを客観的に示すことが可能となり、レポートの説得力を高めるのに役立ちます。
ただし、注意点もあります。出現頻度が高い意見が、必ずしも最も重要なインサイトであるとは限りません。
たった一人の対象者から得られたユニークな意見が、革新的なアイデアの種になることもあります。定量的な傾向を把握しつつも、一つひとつの発言の「質」や「文脈」を見失わないバランス感覚が求められます。
これらの分析手法は、一つだけを用いるのではなく、目的に応じて組み合わせることが有効です。
例えば、アフターコーディングで全体の傾向を掴んだ後、特に注目すべきコードに関連する発言をKJ法で深く分析するといった使い方が考えられます。
重要なのは、手法に振り回されるのではなく、常に対象者の視点に立ち、データと真摯に向き合う姿勢です。
失敗しない分析レポートの書き方のポイント
緻密な分析を通じてどんなに素晴らしいインサイトを発見できたとしても、それが他者に伝わらなければ価値は半減してしまいます。
分析レポートは、単なる作業報告書ではありません。
それは、調査結果という「事実」を基に、読み手の心を動かし、具体的な「次のアクション」を促すための戦略的なコミュニケーションツールです。
自己満足の分析で終わらせないためには、読み手の視点に立ったレポート作成が不可欠です。ここでは、説得力があり、かつ実用的な分析レポートを作成するための重要なポイントを解説します。
読み手(オーディエンス)を明確に意識する
レポートを誰が、どのような目的で読むのかによって、盛り込むべき情報の粒度や表現のトーンは大きく変わります。常に読み手の顔を思い浮かべながら執筆することが、伝わるレポートの第一歩です。
- 経営層・意思決定者向け: 多忙な彼らが求めるのは、詳細な分析プロセスよりも、「結局、何が分かったのか(What?)」「それが事業にとってどういう意味を持つのか(So What?)」「そして、我々は何をすべきか(Now What?)」という問いへの明確な答えです。調査の要点を1〜2ページに凝縮した「エグゼクティブサマリー」をレポートの冒頭に配置し、結論から先に伝える構成が極めて有効です。
- 実務担当者(企画・開発・マーケティング担当者)向け: 日々の業務に活かすための具体的なヒントを求めている彼らには、発見されたインサイトの背景にあるユーザーの生々しい発言、詳細な行動観察の記録、そして分析に至ったプロセスなども含めて、厚みのある情報を提供する必要があります。なぜそのインサイトが導き出されたのか(Why?)、それをどのように施策に落とし込むか(How?)を考えられるだけの、十分な情報量が求められます。
構成の基本は「サマリーファースト」
前述の通り、どのような読み手に対しても、レポートの冒頭で調査全体の結論や主要な発見(キーファインディングス)を簡潔にまとめる「サマリーファースト」の構成は非常に効果的です。
読み手はまずここで全体像を把握し、自身の関心や業務との関連性が高い部分について、詳細なセクションを読み進めることができます。
この構成は、レポートの読了率を高め、最も伝えたいメッセージが確実に届くようにするための工夫です。
「事実」「発見」「洞察」を区別し、根拠とセットで提示する
レポートの価値は、単なる事実の羅列ではなく、そこから導き出される「洞察(インサイト)」にあります。これらの概念を明確に区別して構造化することが、説得力を高める鍵となります。
- 事実(Fact): インタビューで対象者が「こう言った」「こう行動した」という客観的な記録。
- 発見(Finding): 事実を分析し、グループ化することで見えてくる傾向やパターン。「多くの人が〇〇について不満を感じている」。
- 洞察(Insight): 発見の背景にある「なぜ?」を解き明かし、ユーザーの根源的な欲求や価値観を言語化したもの。「ユーザーが〇〇に不満を感じるのは、単に不便だからではなく、△△という価値観を阻害されていると感じるからだ」。
レポートでは、この「洞察(Insight)」を提示する際に、必ずその根拠となる「事実(Fact)」、つまり対象者の具体的な発言や行動の記録を引用してセットで示すことが大切です。
この「洞察+根拠(エビデンス)」の構造を徹底することで、読み手は分析のプロセスを追体験し、結論に深く納得することができます。
ビジュアルを活用して直感的な理解を促す
人間の脳は、テキスト情報よりも視覚情報を効率的に処理します。文字だけで埋め尽くされたレポートは、読み手を疲れさせ、内容の理解を妨げます。分析結果を効果的に伝えるために、ビジュアル表現を積極的に活用しましょう。
- ペルソナシート: 対象者の人物像を写真やイラスト付きでまとめる。
- カスタマージャーニーマップ: ユーザー体験を時系列で可視化し、各タッチポイントでの感情の起伏や課題を示す。
- KJ法で作成した構造図: 情報の全体像と関係性を一目で理解させる。
- ワードクラウド: 頻出単語を視覚的に表現し、主要なテーマを浮かび上がらせる。
これらのビジュアルは、複雑な内容を直感的に伝え、読み手の記憶に残りやすくする強力な武器となります。
これらのポイントを意識することで、単なる報告書ではない、組織を動かし、次の行動を具体的に促す力を持ったレポートを作成することが可能になります。
分かりやすいレポート作成の例
レポートの品質は、同じ調査結果という素材を扱っていても、その料理の仕方、つまり情報の伝え方一つで天と地ほどの差が生まれます。
ここでは、ある調理家電の利用実態調査から得られた結果を基に、「分かりにくいレポート」の例と「分かりやすいレポート」の例を対比させることで、どのような点に気をつければ良いのかを具体的に見ていきましょう。
分かりにくいレポートの例
【発見①】デザインに対する評価
今回の調査対象者の多くは、新製品のデザインについて言及していました。肯定的な意見がありましたが、一部には否定的な意見も見られました。色の好みは人それぞれであることが分かりました。また、サイズが大きいという意見もいくつかありました。
なぜこれが分かりにくいのか?
- 抽象的で行動につながらない: 「多く」「一部」「いくつか」といった表現が曖昧で、課題の深刻度や優先順位が判断できません。「色の好みは人それぞれ」というのは、調査をしなくても分かる当たり前の事実の再確認であり、インサイトとは到底言えません。
- 根拠が欠如している: なぜ肯定的なのか、なぜ否定的なのか、対象者がどのような言葉で、どのような文脈で語ったのかが全く引用されていないため、主張に全く説得力がありません。読み手は「本当だろうか?」と疑問を抱いてしまいます。
- 「だから何?」で終わる: この結果から「次に何をすべきか」という具体的なアクションへの示唆が全く見えてきません。報告のための報告になっており、ビジネス価値を生み出していません。
- 読み手の視点が欠けている: 対象者の属性(例:どのような暮らしをしている人なのか)が不明なため、発言の背景を想像することが困難です。
分かりやすいレポートの例
【発見①】インサイト:ユーザーは「プロ仕様の本格感」よりも「日々の暮らしに溶け込むパートナー感」をデザインに求めている
今回の調査対象者(30代・共働き・時短調理に関心が高い層)からは、当社の新製品が持つプロ仕様を彷彿とさせるミニマルで金属的なデザインに対し、「高機能であることは理解できるが、常にキッチンに置くには威圧感がある」という声が共通して聞かれました。
▼対象者Aさん(32歳・IT企業勤務・1児の母)の発言
「機能はすごく魅力的です。でも、見た目がちょっとレストランの厨房機器みたいで…。慌ただしい平日の夜に使うものなので、もう少し『お疲れ様』と言ってくれるような、温かみのあるデザインだと嬉しいですね。」
▼対象者Bさん(35歳・公務員・夫婦二人暮らし)の発言
「シンプルで格好いいとは思います。でも、これがキッチンにあったら、ちょっと私が『料理を頑張ってます!』と宣言しているみたいで気恥ずかしいかも(笑)。もっとさりげなく、他のインテリアに馴染んでくれる方が、今の気分には合います。」
【示唆(アクションへの提案)】
- 短期的施策: 現在のデザインが訴求している「本格派」「プロの味」といったコミュニケーションワードを、WebサイトやSNSで見直す。「忙しいあなたの頼れる相棒」「いつもの食卓を、そっと豊かに」といった、日々の暮らしに寄り添うメッセージングを検証することが有効と考えられます。
- 長期的施策: 次期モデルの開発においては、現在の機能性を維持しつつ、カラーバリエーションにマットな質感やアースカラーを取り入れる、角の取れたフォルムにするなど、インテリア調和性を高めるデザインの方向性を検討すべきです。
なぜこれが分かりやすいのか?
- 明確なインサイトの提示: レポートの書き手が発見した「本質的な気づき」が、読者の心に響くキャッチーな言葉でタイトルとして示されています。
- 人物像が見える具体的な根拠: 対象者のペルソナ(背景)を簡潔に示し、その上で生々しい発言を引用することで、発言にリアリティと深みが生まれています。
- 具体的なアクションへの接続: 分析結果から一歩踏み込み、「短期」と「長期」の視点で、明日から検討できる具体的なアクションにつながる提案がなされています。
- 論理的な構造: 「インサイト(結論)」「根拠(具体例)」「示唆(提案)」という構造で情報が整理されており、読み手は思考のプロセスをスムーズに追体験できます。
このように、具体的な事実とそこから導き出される洞察、そして未来への提案を構造的に示すことが、単なる報告書を、組織を動かすための「戦略的な提案書」へと昇華させる鍵となります。
デプスインタビューのまとめ方でよくある質問
- Q少数意見と多数意見、どちらを重視してまとめるべきですか?
- A
どちらか一方を重視するのではなく、両方の意見をその文脈とともに正しくレポートすることが大切です。アフターコーディングなどで「多くの人がこう言っていた」という多数意見(傾向)を把握することは、全体の方向性を理解する上で役立ちます。一方で、デプスインタビューの真価は、たった一人しか言わなかった少数意見の中に、まだ誰も気づいていない画期的なニーズや重大な問題点のヒントが隠されていることがある点にあります。レポートでは、「〇〇という意見が多数を占めたが、一方で△△といった示唆に富む少数意見もあった」というように、両論を併記し、それぞれの意見が持つ意味合いを考察することが、より深いインサイトにつながります。
- Q分析者によって解釈が異なってしまうのを、どう防げばよいですか?
- A
定性分析において、分析者の主観を完全に排除することは困難ですが、解釈のブレを最小限に抑えるための仕組みを導入することが可能です。最も有効なのは、複数人で分析を行うことです。各自が独立して分析を行った後、結果を持ち寄ってディスカッションすることで、一人の視点では見えなかった解釈や、逆に個人的な思い込み(バイアス)に気づくことができます。また、分析の初期段階で「コードブック(発言を分類する際の定義集)」をチームで作成し、共通の基準を持つことも非常に重要です。これにより、「こういう発言は『不満』のカテゴリーに入れよう」といった判断基準が統一され、分析の再現性が高まります。
- Qインタビューで得られたネガティブな意見は、どこまで正直にレポートすべきですか?
- A
基本的に、得られたネガティブな意見は正直に、かつ建設的な形でレポートすべきです。ネガティブなフィードバックは、製品やサービスの改善点を特定するための最も貴重な情報源です。ただし、伝え方には工夫が必要です。単に「〇〇は使いにくいという意見があった」と報告するだけでなく、「なぜ、どのように使いにくいのか」という具体的な理由や状況を詳しく記述します。さらに、「この課題は、△△というユーザーの根本的な欲求が満たされていないことに起因している可能性があり、□□のように改善することで、満足度向上につながるのではないか」というように、課題の背景にあるインサイトと、解決策への示唆をセットで提案することが、ポジティブなアクションを促すための鍵となります。批判を伝えるのではなく、改善の機会を提示するという姿勢が大切です。
- Qデプスインタビューは、自社で行うべきですか?それとも外部の専門会社に委託すべきですか?
- A
状況によりますが、調査の品質と客観性を最優先するなら外部委託、コストを最優先し、社内での経験蓄積も目的とするなら自社実施が選択肢となります。
- 外部に委託する場合: 専門家による高品質なデータ収集と、第三者の視点による客観的な分析が最大のメリットです。社内リソースを大幅に節約できますが、費用は高くなります。
- 自社で実施する場合: コストを直接的に抑えられる点がメリットです。しかし、担当者のスキル不足や、製品・サービスへの思い込み(バイアス)によって、本来のユーザーインサイトを見誤るリスクを伴います。
事業の重要な意思決定に関わる調査であれば、信頼性と客観性を担保できる外部委嘉が賢明な判断と言えるでしょう。
信頼できる情報源と関連リソース
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デプスインタビューのまとめ方と分析方法の要点
- まとめ方の最初のステップはインタビューの音声や映像を文字化すること
- 文字起こしは発言のニュアンスを掴むため逐語録に近い形が望ましい
- 整理したテキストデータからインサイトを見つけるために分析手法を用いる
- KJ法は断片的な情報から本質的な構造を見つけ出すのに役立つ手法
- アフターコーディングは定性的な発言の傾向を数値で把握する際に有効
- レポート作成時は誰が読むのかという読み手を明確に意識することが大切
- レポートの冒頭に要約を載せるサマリーファーストの構成を心がける
- 「ユーザーは〇〇を求めている」というインサイトには根拠の発言を添える
- インサイトと根拠(エビデンス)をセットで示すことで説得力が向上する
- 図やグラフ、イラストなどを活用し視覚的に分かりやすいレポートにする
- デプスインタビューは個人の深層心理を探る1対1の定性調査である
- グループインタビューとは異なり他者の影響を受けず本音を聞きやすい
- 質問項目は「はい/いいえ」で終わらないオープンクエスチョンが中心
- 対象者の人数は5名から15名程度で新たな発見がなくなる点が目安
- 抽象的な報告ではなく具体的な発言とそこから得られる示唆を記述する
